IT2026年 リスクコミュニケーションの「新・座標軸」 〜事後対応から先手対応へ、レジリエンス経営への転換〜
2026.01.22
2026年の幕が開けました。皆様にとって、昨年は「カレンダーをめくるたびに新しい危機が飛び込んでくる」ような、息つく暇もない一年だったのではないでしょうか。
振り返れば、2025年はまさに「不確実性の渦中」であり、同時に「戦後国際秩序の解体が始まった年」として記憶されることになりました。当初予測されていた懸念の多くが現実となり、企業は単一のリスクではなく、複数の脅威が連鎖する「複合リスク」への対応を極めて強いられた1年でした。
RCIJでは昨年、2025年の重点リスクとして「地政学」「レピュテーション」「ガバナンス・コンプライアンス」「テクノロジー」「自然災害・気候変動」の5分野を提示しました。
今回のマガジンでは、激動の2025年が私たちに示した「答え合わせ」を検証し、それを踏まえた2026年の新たな座標軸を皆様と共に描いていきたいと考えています。少し肩の力を抜いて、しかし経営の舵取りを見失わないための羅針盤としてお読みいただければ幸いです。
Contents
2025年重点リスクの「答え合わせ」
マクロな視点から見えるもの
2025年の世界は、まさに「アメリカ・ファースト 2.0」の旋風に巻き込まれた格好となりました。
第2次トランプ政権の発足は、これまでの自由貿易や安全保障の慣習を根底から揺さぶり、世界中に強烈な不安定感をもたらしました。関税の応酬や同盟関係の見直しは、単なるニュースの中の出来事ではなく、私たちのサプライチェーンや事業計画を直撃する実利の問題となりました。
経済の面では、幸いにも懸念された深刻なリセッション(景気後退)は回避されましたが、成長の鈍化は誰の目にも明らかでした。日本国内の状況は、日経平均株価が史上初めて5万円台を突破するという「光」の側面があった一方で、足元では人手不足という「影」が静かに、しかし確実に忍び寄っていました。正社員の不足を感じる企業は半数を超え、建設や介護の現場では業務そのものが立ち行かなくなる水準にまで達しています。賃上げの流れは不可避ですが、それを価格に転嫁できない企業の間で「人手不足倒産」が過去最多を更新し続けたのも、2025年の切実な断面でした。
そして、サイバーセキュリティの領域では、リスクの「不可避性」が決定的なものとなりました。アサヒグループホールディングスやアスクル、IIJといった、防衛体制を整えていたはずの企業ですらサイバー攻撃の被害を受け、システム障害や生産停止を余儀なくされました。これはもはや「いかに防ぐか」という議論を超え、「起きた後にどう立ち上がるか」というレジリエンスが問われるフェーズに入ったことを象徴していると考えます。
ミクロな視点:RCIJが掲げた5大リスク別の答え合わせ
では、より身近な国内の出来事に目を向けてみましょう。2025年に起きた象徴的なニュースを振り返ると、リスクがどれほど多面的に顕在化したかがよく分かります。
1地政学リスク_海の向こうは、もう目の前
2025年11月、高市首相による「台湾有事は日本の存立危機事態になり得る」という発言は、日中間に緊張を走らせました。尖閣諸島周辺での中国公船の航行日数は年間356日に達し、国有化以降で最多を更新しています。北朝鮮のミサイル発射も日常の風景となりつつあり、私たちの経済活動は常にこれらの火種と隣り合わせにあることが再認識されました。
2レピュテーションリスク_一瞬の油断が既存につながる
紳士服大手が広告起用タレントの不適切発言による炎上直後に投稿した「失敗は成功の基」というフレーズが批判を浴びた事例や、結婚情報誌が未成年モデルを起用した際の議論などは、社会の「倫理の感度」が極端に高まっていることを示す一例となりました。
3ガバナンス・コンプライアンスリスク_企業体質の「膿」が吹き出す
大手企業での20年以上にわたるデータ改ざんや、日本郵便での点呼記録不正など、長年放置されてきた企業体質の問題が次々と表面化しました。これらは単なるミスの積み重ねではなく、組織に深く根ざした「ガバナンスの欠如」として厳しく断罪されています。一度失った社会的信頼を回復するためには、想像以上のコストが伴い、場合によっては企業価値を1兆円規模で失う結果を招くこともあります。
4テクノロジーリスク_AIの利便性と影
アサヒグループHDやアスクルがランサムウェア攻撃に遭い受注・物流システムが停止。個人情報約191万件流出の可能性も公表されました。また、日本航空やドコモへのDDoS攻撃、そしてネット証券での不正ログイン被害が急増し、累計被害額は7100億円を超えるという衝撃的な数字が報告されました。さらに、生成AIを悪用したプログラムで企業の会員情報を窃取したとして高校生が逮捕された事件も起きました。
5自然災害・気候変動リスク_異常が「通常」になる恐怖
群馬県伊勢崎市の41.8℃という「災害級の猛暑」や、京都市を襲った1時間102ミリの猛烈な豪雨は、もはや気候変動が将来の予測ではなく、現在進行形の脅威であることを物語っています。青森県沖でのM7.5の地震など、2025年も多くの自然災害・気候変動リスクが顕在化しました。
2026年に注視すべきグローバルリスク
今年発表された主要機関のリスク分析における共通の傾向は、2026年を「戦後国際秩序の本格的な解体」と「予測不可能な変動の常態化」の年と位置づけている点です。

主な分析の傾向は以下の4点に集約されます。
- 米国の「政治革命」と国際ルールの崩壊
最も顕著な傾向は、トランプ政権による米国内政・外交の変質が世界に与える衝撃です。ユーラシア・グループやPHP総研は、米国が自ら築いた秩序を解体する「政治革命」のただ中にあると指摘しています。コントロール・リスクスは、既存の国際ルールが否定され、各国が取引的で状況に応じた取り決めを優先する「ノールール」の世界が到来すると予測しています。
- 国家主導経済(国家資本主義)への回帰
自由市場の論理が後退し、国家が経済・産業に深く介入する潮流が強まっています。PHP総研は「国家主導経済」の拡大を、ユーラシア・グループは政治的忠誠が経済的成果を左右する「米国式国家資本主義」を警告しています。デロイトは、AI関連の株価や投資が景気を下支えする一方、その勢いが鈍れば景気後退を招き得ると指摘しています。
- AIとテクノロジーの地政学・軍事化
テクノロジーは利便性の段階を超え、国家の存亡を左右する戦略的武器となっています。PwCは、地政学的リスクがサイバー戦略を再構築し、AIエージェントの活用が進む一方で、進展が暗号・セキュリティに与える影響など、中長期の脅威への備えも論点になると分析しています。
コントロール・リスクスは、電力や水、チップを巡る「コンピューティング能力」の確保がビジネスの勝敗を分けると述べています。
- 「正常化のわな」と社会の流動化
2026年の最大の組織的リスクとして、不測の事態が頻発することで変動性に慣れてしまう「正常化のわな(慢心)」が挙げられています。また、不平等やシステム不全に憤る「アクティビスト化する社会」や、地政学的混乱を悪用する組織犯罪ネットワークの拡大など、社会の深層部での不安定化が企業運営の不確実性を高めると警鐘を鳴らしています。
総じて、各機関は「従来の常識(Business-as-usual)を捨てること」を求めており、発生確率は低いが甚大な影響を及ぼす「外れ値シナリオ」を想定したプロアクティブな経営への転換を推奨しています。
リスクコミュニケーションの観点から2026年に注視すべきリスク
2026年は、不確実性が当たり前となる中で、「事前の備えの有無」がそのまま「企業の品格(レピュテーション)」として白日の下にさらされる年となります。
RCIJでは、世界の主要機関のリスク分析で共通して指摘されている要因を、企業レピュテーションの観点から以下に絞り、「2026年に注視すべき5つのリスクコミュニケーションリスク」と提案します。
- AIガバナンス・セキュリティ不全:組織の「統制力」が問われる局面
情報漏洩やデマによる混乱が起きた際、世論は「技術のせい」ではなく「AIやITを制御できない経営の怠慢」とみなされることがあります。
- サイバー攻撃(ランサムウェア等)やシステム障害に対する、検知・復旧プロトコルの欠如。
- 生成AI利用のガイドライン未整備。社員が機密情報を入力したり、著作権確認を怠ったりする状態。
- ディープフェイクを用いた経営トップの偽動画による株価操作や、偽の送金指示に対する技術的防御・真実性証明手段の未導入。
- 地政学・経済安全保障リスク:「対応の遅れ」が法的責任に直結
政治的動揺を予測し、先手で法務的備えを固めていないことは、経営陣の善管注意義務違反を問われます。
- 経済安全保障推進法への対応遅れ。サプライチェーン上の特定国依存や、規制対象機器の排除が徹底されていない状態。
- 台湾有事や輸出規制の急変に対し、法規制を遵守するための監査体制や代替調達の準備が不足している状態。
- インフルエンサー・KOL管理の形骸化:選定の「倫理観」と「煽動」への無防備
インフルエンサー起用は、もはや広告施策ではなく、企業姿勢そのものを映す行為と受け取られます。
- 起用前の徹底した倫理チェックや契約後のSNSモニタリングの欠如。
- 地政学的緊張を背景とした、「反日・不買運動」の煽動に対する方針の欠如。
- ハイブリッドBCPの欠落:インフラ停止と「燃料枯渇」への想定不足
供給が止まった際、単に「被害者」として振る舞う姿勢は、社会機能を支える企業としての公共的価値を否定するものとみなされます。「備えのない機能停止」は、ステークホルダーに対する供給責任の放棄と映ります。
- 電力・水・通信といったインフラが停止した場合に、デジタルに依存しない。
- シーレーン封鎖等に伴うエネルギー供給断絶に対する、自家発電や燃料備蓄といった「燃料枯渇リスク」への対策不足。
- 人的資本リスクの外部化:「現場の声」が先に社会へ届く時代
現場の声がSNSで先に可視化された場合、経営陣の説明は「後付けの言い訳」とみなされるリスクがあります。「社員を大切にできない会社が、社会に価値を提供できるはずがない」という論調が定着し、レピュテーション棄損のダメージを負います。
- 人手不足などによる現場の「隠れ不正」の放置。
- 内部通報が自浄作用として機能せず、SNSや外部メディアへの「外部告発」を許してしまう不透明な組織文化。
2026年、私たちは何に備えるべきか
さて、2025年の教訓を踏まえ、2026年を生き抜くために私たちが備えるべき具体的なアクションは何でしょうか。鍵となるのは、問題が起きてから対処する「事後対応(Reactive)」から、事前に備える「先手対応(Proactive)」へのマインドシフトです。
「正常化のわな」に落ちない想像力
2026年の企業にとって最大の敵は、混乱に慣れてしまう「慢心」です。カオスが日常化すると、私たちのリスク感度はどうしても鈍くなります。これを「正常化のわな」と呼びますが、表面的には小さく見える変化や、発生確率は低いが影響が甚大な「外れ値シナリオ」を、意識的に戦略の中に組み込んでおく必要があります。 具体的には、経営層が自らサイバー演習や地政学的ストレステストに参加し、「もし明日、主力製品の輸出が止まったら?」「もし主要クラウドが1週間停止したら?」という問いに具体的に答えるトレーニングを重ねることが求められます。
AIジェネラリストとしての組織再編
2026年は、AIが単なる業務支援ツールを超え、自律的に判断し業務を遂行する「AIエージェント」へと進化を遂げる年になるでしょう。これに伴い、ITや財務の専門知識だけでなく、AIの出力を鵜呑みにするのではなく、その妥当性を監督し、ビジネスのゴールと結び付けて判断できる人材――いわば「AIジェネラリスト」の存在が不可欠になります。人材不足を嘆くのではなく、AIを「オーケストレーション(指揮)」できる中間層を再設計することで、生産性の限界を突破する働き方を見出す。そんな柔軟なワークデザインを構想し始めてはいかがでしょうか。
「ノールール」の世界で「信頼」を武器にする
既存の国際ルールが取引的なものに変質し、各国政府が産業に深く介入する「国家主導経済」が定着しています。昨日までの常識が通用しない「ノールールの世界」では、透明性の高い情報開示と、ステークホルダーとの強固な「デジタル・トラスト」こそが、最も強力な参入障壁になります。 リスクが起きてから謝罪するのではなく、平時から経営者自身の言葉で社会的な価値を発信し続け、ファンを増やしておくこと。これが、いざという時のレピュテーションを守る最強の防波堤となります
2026年、企業に求められるのはリスクを「完璧に防ぐこと」ではなく、「備えの不備を突かれた時に、いかに誠実に、かつ迅速に立ち直るか」というレジリエンスだと考えます。
事前の物理的・技術的な備えをアップデートすることはもちろん、それ以上に「情報の透明性」を確保するための準備を整えてください。それが、不確実な海を進むための座標軸となります。
参考文献・出典
– RCIJ「2025年リスクをよむ」
– ニュートン・コンサルティング「2025年リスク予測の答え合わせ」
– PwC「2026 AI Business Predictions」
– PwC Japan「2026年地政学リスク展望」
– コントロール・リスクス「AIとコンピューティング能力の競争激化」
– PwC「Global Digital Trust Insights 2026」
– PHP総研「2026年版 グローバル・リスク分析」
– デロイト トーマツ「2026年の10大リスクシナリオ」
– コントロール・リスクス「アクティビスト化する社会」
– コントロール・リスクス「トップリスク 2026」
– ユーラシア・グループ「2026年世界10大リスク」
– コントロール・リスクス「新たなルールはノールール」
– コントロール・リスクス「正常化のわな」
– コントロール・リスクス「組織犯罪ネットワークの拡大」
– 2025年重点リスク別の主な国内ニュース(RCIJ集計)
2026年の「リスクコミュニケーションの新・座標軸」まとめ(FAQ)
2026年の「リスクコミュニケーションの新・座標軸」とは?
2026年は、問題発生後に説明する「事後対応」だけでは評価されず、平時からの備え(統制・訓練・開示設計)そのものがレピュテーションになるという前提で、先手対応=レジリエンス経営へ転換する視点です。
なぜ2026年は「先手対応」が重視されるのですか?
不確実性が常態化し、サイバー障害や災害などの発生時に、社会は「起きたこと」以上に“備えの有無”を評価します。備えの欠如は統制不全として認識され、信頼コストが急増します。
「正常化のわな」とは何ですか?
変動やトラブルが頻発すると、組織のリスク感度が鈍り、異常を異常として扱えなくなる状態です。結果として、外れ値シナリオ(低確率・甚大影響)への備えが後回しになります。
2026年に注視すべきリスクコミュニケーション上の論点は?
例として、①AIガバナンスと真偽判定、②地政学・経済安保の法務備え、③インフルエンサー/KOL起用の倫理とモニタリング、④インフラ停止を前提にしたハイブリッドBCP、⑤人的資本(現場の声の可視化)などです。
AIガバナンスの不備は、なぜレピュテーションリスクになるのですか?
事故が起きた際、世論は「技術のせい」ではなく、統制できない経営の問題として捉えがちです。ガイドライン、教育、監督体制、真偽確認の運用が問われます。

